高野山・奥之院で受け取ったメッセージ|大阪・箕面占いスクールラブアンドライト

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高野山・奥之院で受け取ったメッセージ|大阪・箕面占いスクールラブアンドライト

2026/03/14

新しいスタートを切るために高野山へ

 

こんにちは。大阪・箕面占いスクールラブアンドライトの吉田ルナです。

近年、私は毎年3月になると高野山を訪れています。

今回の高野山滞在の目的は、自分の人生に新しいスタートを切りたいと思ったからです。

 

これまでずっと続けてきたことではあるのですが、今回はただ流れのまま続けるのではなく、一度きちんと区切りをつけて、次のステージへ進みたいという思いがありました。

たとえば、長く勤めてきた会社を辞めたいと思っていたとしても、実際に「辞めます」と言い出すのは、とても勇気がいりますよね。

お世話になった会社や上司のことを思うと、辞めることが無責任のように感じてしまったり、立場的にも簡単には言い出せなかったりするものです。

その結果、本当は終わらせたいと思っているのに、なんとなく続けてしまう。
そんな経験はないでしょうか。

私自身にも、そういう状態のものがありました。

 

きちんと終わらせたいと思っているのに、はっきりと区切りをつけることができない。
どこか中途半端な関わり方になってしまい、そのことで周りの人を不安にさせてしまっているのではないか、そんな思いもありました。

説明しようとすると止められてしまったり、誤解されそうだと感じたりして、なかなか言葉にして伝えることができませんでした。

 

だからこそ今回の高野山では、その状態にきちんとケジメをつけたいと思ったのです。

この一週間は、自分の中で曖昧になっていたものを見つめ直し、次の人生のステージに進むための時間にしたいと思っていました。

自分の内側と向き合う場所

高野山は和歌山県の山の上にある、真言密教の聖地です。
弘法大師・空海が開いた場所として知られ、1200年以上の歴史があります。

 

しかし実際に訪れてみると、歴史の知識よりも先に、この場所が持つ独特の空気を感じる人が多いのではないでしょうか。

山に囲まれた高野山は、街の喧騒とはまったく違う時間が流れています。朝の空気はとても澄んでいて、ゆっくりと時間が流れているように感じます。歩いているだけで呼吸が深くなり、自然と心が落ち着いていきます。

 

そして高野山の中でも、特に印象的な場所が奥之院です。

奥之院には、弘法大師・空海が今も瞑想を続けているとされる御廟があります。

杉の木が立ち並ぶ参道には、数えきれないほどの墓石や供養塔が並び、長い年月の祈りが積み重なっている場所です。

その道を歩いていると、ここがただの観光地ではなく、多くの人が祈りを捧げてきた特別な場所なのだということを感じます。

 

私にとって高野山は、ただ訪れる場所ではなく、自分の内側と静かに向き合うことができる場所です。

日常の忙しさの中では気づけなかった思いや、心の奥にある本当の声が、この場所では不思議と浮かび上がってくるのです。

神と出会う体験

今回私が参加したのは、一週間のスピリチュアルワークショップでした。

このワークショップでは、自分の感情と向き合ったり、瞑想をしたり、チャネリングを行ったりします。

 

参加者はそれぞれ、自分の中にある古い自分を手放し、新しい自分として生まれ変わるような体験をしていきます。

私以外の参加者も、古い自分は死に、新しい私として生まれ変わるという体験をしていくのです。

 

このワークショップのテーマは「神と出会う体験をする」ということでした。

ここでいう神とは、外に存在する神だけではありません。

例えば弘法大師やイエス・キリストのような存在、あるいはスピリチュアルマスターなど、私たちが尊敬し導きを求める存在もあります。

そしてもう一つは、自分の内側にある神です。つまり、自分の中にある神性と出会うということです。本来の自分、神の質を持ってこの世を生きる存在としての自分を知るための一週間でもありました。

 

そのために、自分の心の中にあるわだかまりを浄化していきます。

瞑想をしたり、チャネリングを行ったりしながら、叡智や神の愛を体感するワークを行っていきました。

一週間という時間の中で、本当にたくさんの体験をしました。

その中の一つを、ここでお話ししたいと思います。

瞑想の中で問いかけたこと

最初に書いたように、私は今回、今まで続けてきたあることを終わらせるために、このワークショップに参加しました。

 

いつまでもケジメがつけられず、中途半端な関わり方になってしまっていることで、周りの人を不安にさせているのではないかという思いもありました。

本当はきちんと説明をして終わらせたいと思っていましたが、説明しようとすると止められてしまったり、誤解されそうだと感じたりして、なかなか言葉にして伝えることができませんでした。

だからこそ、ここで自分の中でしっかり区切りをつけて、仲間にも辞めるということを伝えようと思っていたのです。

 

しかし不思議なことに、瞑想をしたり、チャネリングをしたり、あるいはチャネリングをしてもらったりすると、何度も同じメッセージがやってきました。

それは
「続けなさい」
というメッセージでした。

 

私は辞める決意をしてここに来ているのに、なぜか真反対のメッセージが届くのです。

そしてある朝の出来事が、私にとってとても印象的な体験となりました。

朝6時、まだ空が暗い時間に奥之院へ向かい、弘法大師の御廟で行われる朝の行を見学しました。

その場で、私は静かに瞑想をしていました。瞑想の中で、私は問いかけました。

「私は、これからどうやって関わっていけばいいのでしょうか」

 

実は去年も、この奥之院で瞑想をしていました。

そのとき私は
「あなたは霊的指導者として人を導き、ここに連れてきなさい」
というメッセージを受け取っていました。

 

だから今年も同じ場所で、静かにメッセージを待っていました。

すると、これからもスピリチュアルなワークを続けていくとよい、これからも高野山に来るとよい、そんな優しい感覚はありました。

けれども去年のように、はっきりとした言葉としてのメッセージは受け取れませんでした。

しかし、その日の行が終わったあと、お坊さんが少しお話をしてくださいました。

それは焼香についてのお話でした。

焼香や線香の煙は、途切れることなくずっと立ち続けています。それと同じように、継続することが大切なのだということ。そして情熱を持ち続けることが大切なのだと、おっしゃいました。

 

その言葉を聞いた瞬間、私は「ああ、これが答えなのだ」と感じました。

私は辞めたいと思ってここに来たのに、まったく反対の「継続しなさい」というメッセージが届いたのです。

しかもそれは、瞑想の中の声ではなく、目の前にいるお坊さんの言葉として届きました。

どうしてこんなに分かりやすい形で、このメッセージを受け取ることになったのだろう。

それだけ、私は辞めてはいけないことなのだろうか。

私はすこし混乱しました。辞める覚悟をするつもりできたこの場所で、もらったメッセージが「継続」。それはとても意味のある言葉だと思いました。

しばらくそのことを考えて、答えを導き出しました。

 

私が辞めたいと思っていたその活動には、長い時間をかけて培ってきた知識や技術がありました。そこには仲間もいて、組織もありました。それは私の人生の支えでもあったのです。だからこそ、本当は心のどこかで、ずっと関わっていたいという思いもあったのだと思います。

けれども今の私は、それ以上にやりたいと思うことが生まれていました。だから新しいことに進みたいと思っていたのです。

お坊さんが継続することの大切さをお話しされたのは、私に自分の心に気づく必要があったからだと思いました。

辞めたいと思う気持ちだけではなく、辞めたくないと思っている自分の気持ちも大切にしなければいけないのではないか、と。

そのとき私は、どちらかを完全に手放すのではなく、自分なりの関わり方を探していけばいいのかもしれないと思うようになりました。

自分の道を歩む決意

奥之院の御廟での体験を終えたあと、私はずっと考えていました。

 

今まで続けてきたことと、これからやりたいと思っていること。
この二つを両立する方法はないのだろうか、と。

これまで私は、どちらか一つを選ばなければいけないと思っていました。

というのも、その二つはまったく違うものではなく、どこか似ている部分があるのです。

だからこそ、同じ分野の中でのライバル関係のようなものにもなり得る。
両立するのは物理的に難しい。私はずっとそう思っていました。

 

けれどもよく考えてみると、それは本当に物理的に不可能だったのでしょうか。もしかしたら、心理的な抵抗だったのかもしれません。

 

実は、私が「新しくやりたい」と思っていることは、まったく新しいことではありません。以前からずっとやってきたことでもありました。ただ、両立が難しいと思っていたために、その一つを長い間、自分で制限していただけだったのです。

 

でも、ふと思いました。私の人生にも限りがあります。人はいつか必ず死を迎えます。

そう思ったとき、本当にやりたいことを制限したまま生きるのは違うのではないかと思ったのです。

 

だからこそ、どちらかを完全に手放すのではなく、この二つを両立する方法を探してみよう。そんな思いが、私の中に生まれてきました。

 

そして私は、思い切って行動することにしました。

そのグループの長に、自分の気持ちを伝えたのです。

「新しいことに取り組みたいので、しばらく活動を休止したいと思っています」

そうお話ししました。

辞めるにしても、休むにしても、それは私がその組織の中で築いてきた立場を手放すことになります。その立場には魅力もありましたし、責任もありました。
だからこそ、これまで簡単には離れることができなかったのだと思います。

でも私は、立場は失ってもいい。
けれども責任だけは持ち続けます。とグループの長に伝えました。

そしてもう一つ、自分の中で決めたことを伝えました。

「私は、私の道を行こうと思います」

そう宣言したのです。

すると長は、少し微笑みながらこう言いました。

「あなたの気持ちが落ち着いたら、また戻ってきてくれるのね」

私は「はい」と答えました。

その瞬間、心の中にあった何かが、静かにほどけていくのを感じました。

新しい私として生きる

今回の高野山での体験を通して、私の中で一つのことがはっきりしてきました。

それは、何かを完全に終わらせることだけが新しいスタートではないのかもしれない、ということです。

 

これまで続けてきたことには、たくさんの経験や学び、仲間とのつながりがあります。
それは長い時間をかけて私の人生の中で育ってきた大切なものです。

 

一方で、私の中には新しくやりたいことも生まれてきました。

 

今回、高野山で瞑想をし、さまざまな気づきを得る中で感じたのは、どちらかを否定して手放すのではなく、どちらも大切にしながら自分の道を歩んでいくこともできるのではないか、ということでした。

立場を手放すことには、少し勇気が必要でした。

 

でも、自分の心に正直に進むことで、また新しい形で関わることができるかもしれない。
そんな可能性を感じています。

 

そして今回あらためて感じたのは、高野山という場所は、私にとって人生の節目に立ち戻る場所になっているということです。

 

迷ったとき。
立ち止まりたいとき。
自分の心を静かに見つめたいとき。

 

この場所に来ると、不思議と自分の本当の声が聞こえてくるのです。

自分の道を歩くということ

人生の中には、終わらせたほうがいいのか、それとも続けたほうがいいのか、迷うことがあると思います。

どちらを選ぶことが正しいのか、すぐには答えが出ないこともあります。

 

そんなとき、少し立ち止まって、自分の心の声を静かに聞いてみる時間も大切なのかもしれません。

 

今回、高野山で過ごした一週間は、私にとって自分の内側にある声を聞くための時間でした。

瞑想をしたり、祈ったり、静かな場所で自分と向き合うことで、ふと気づくことがあります。

それは、外から与えられる答えではなく、自分の内側にある答えです。

 

人の中にはそれぞれの道があり、その道を歩いていく力も、本当は自分の中にあるのだと思います。

 

もし今、何かに迷っていたり、人生の節目にいると感じている方がいたら、時には少し立ち止まって、自分の心と静かに向き合う時間を持ってみてください。

きっとそこに、次の一歩につながる小さな気づきがあると思います。

 


 

そしてこうした時間を皆さんと分かち合う機会として、ラブアンドライトではリトリートも開催しています。

 

次回4月に予定していた天橋立リトリートは満員となりました。

ご参加くださる皆さまと、また素晴らしい時間を過ごせることを楽しみにしています。

 

次のリトリートは、淡路島、奈良・天河、和歌山などを候補に、現在企画を考えています。

 

日程や場所が決まりましたら、またこちらでお知らせしますね。

ご縁のある方と、その場所でお会いできることを楽しみにしています。