英国で体験したカバラの世界|大阪・箕面占いスクールラブアンドライト
2026/09/13
人生には、知識だけではたどり着けない学びがある――英国で体験したカバラの世界
こんにちは。大阪・箕面占いスクール&サロン ラブアンドライトの吉田ルナです。
今回、イギリスで開催されたカバラのサマースクールに参加してきました。
「カバラ」と聞いても、あまり馴染みのない方もいらっしゃるかもしれません。
カバラは、長い歴史を持つ神秘思想のひとつで、その学びの中心には「生命の木」と呼ばれる象徴的な体系があります。
生命の木には、ケテル、ホクマー、ビナー、ティフェレットなど、いくつものセフィラと呼ばれる、神性な世界から流れてくるエネルギーを受け取る「器」が配置されています。
それぞれが人間の意識や成長、世界の成り立ちと関係していて、生命の木を通して、
「人はどのように生きるのか」
「自分とは何なのか」
「目に見える現実と、目に見えない世界はどのようにつながっているのか」
といった、とても大きなテーマを学んでいきます。
そしてカバラでは、この世界を一つの平面的なものとして見るのではなく、四つの世界として捉えます。
大きく分けると、
神性界――すべての根源となる、神性の世界
創造界――存在の意味や概念、いわば「設計図」がある世界
形成界(心理世界)――思考や感情、イメージなどが形づくられていく世界
物質界――私たちが肉体を持ち、実際に生きている現実世界
です。
そして、この四つの世界それぞれに生命の木があると考えます。
今回のサマースクールでは、この中でも特に、物質界、形成界(心理世界)、そして創造界について、レクチャーやワークを通して学びました。
私は2000年頃から少しずつカバラを学んできました。
長く学んできたつもりですが、今回のサマースクールで改めて強く感じたことがあります。
それは、
「知識として知っていること」と、
「自分自身で体験して分かること」は、まったく同じではないということです。
本を読んで理解すること。先生の話を聞いて理解すること。そして、実際に自分の意識や感覚を通して体験すること。
学びには、いくつもの段階があります。
今回のサマースクールでは、生命の木についてレクチャーを受けるだけではなく、ワークや瞑想を通して、その世界を体験的に学ぶ機会がありました。
私が最後にこのサマースクールに参加したのは2018年。
その後はコロナもあり、今回は8年ぶり、コロナ後初めての参加となりました。
久しぶりにイギリスを訪れ、先生方と再会し、世界各国から集まった人たちとともに学ぶ。
そして、その中で「知識だけではたどり着けない学び」に触れる。
今回のイギリスでの体験を、旅のことも交えながら書いてみたいと思います。
もともと、今回イギリスへ行く予定はありませんでした
今回のイギリス行きは、最初から予定していたものではありませんでした。
円安に加えて燃料費も高く、海外旅行は以前よりずっと費用がかかります。
日本から参加する他のメンバーは関東在住で、サマースクールの前にスペインを観光し、そこからイギリスへ入る予定でした。
予算のことを考えると、スペイン観光まで参加するのは難しい。
それどころか、最初はイギリスへ行くこと自体も迷っていました。
私は関西から一人での参加です。一人で海外現地集合って心細くないですか? 私は海外旅行に不慣れですし、英語もできないし、正直、不安もありました。
それでも「やっぱり行こう」と決めたのは、私の師であるひろみ先生が参加するイギリスのカバラ・サマースクールが、今回で最後になると聞いたからです。
それなら、今回を逃したくない。そう思いました。
そこで、スペイン観光には参加せず、できるだけ予算を抑えたいので、一人でロンドンへ向かうことにしました。
今振り返ると、この「行く」と決めたこと自体が、今回の旅の最初の大きな一歩だったように思います。
慣れた日常を離れ、一人で飛行機に乗り、知らない土地へ向かう。
その時点では、サマースクールでどんな学びが待っているのかも、今回の旅が自分にとってどんな意味を持つのかも、まだ分かっていませんでした。
ただ一つ分かっていたのは、「今回は、行っておきたい」という気持ちでした。
その思いを頼りに、私は8年ぶりのイギリスへ向かいました。
2018年以来、8年ぶりのサマースクールへ
ロンドンに入り、先生方や日本から参加したメンバーと再会し、久しぶりにサマースクールの場へ戻りました。
私が最後に参加したのは2018年。その後はコロナもあり、今回は8年ぶり、コロナ後初めての参加です。
久しぶりにこの学びの場へ戻れた嬉しさと同時に、「英語の授業についていけるかな」
という不安もありました。
というのも、サマースクールの授業はすべて英語です。
以前参加した時には、先生のお話を聞きながら、「たぶん、こういう意味かな」
と想像しながら受けていた部分もかなりありました。
今回は、初めてロンドンの先生のご自宅にも宿泊させていただきました。
先生のご自宅には、世界各地からサマースクールに参加する人たちが集まります。
2018年にはブラジルから来た方が宿泊していましたが、今回はスロバキアから参加した方、そして日本から参加した私たちが一緒に過ごしました。
国も言葉も違います。
けれど、カバラを学びたいという思いで同じ場所に集まっている。
授業だけではなく、同じ家で過ごし、食事をいただき、時間をともにする。
それもまた、普段の生活ではなかなかできない、特別な経験でした。
そして今回は、以前と大きく違うことが一つありました。
Google翻訳を使いながら授業を聞くことができたことです。もちろん翻訳が完璧というわけではありません。
それでも、先生が今どのテーマについて話しているのか、ワークでは何を意識するのかが、以前よりずっと分かりやすくなりました。
そのおかげで、これまで参加した中で一番、先生のお話やワークの意味を深く受け取ることができたように思います。
同じ先生から、同じカバラを学んでいても、理解できる量が増えると、見えてくるものも変わります。
そしてここから、今回のサマースクールで私が一番印象に残った「体験としての学び」が始まっていきました。
知識だけでは理解できない、生命の木の世界
サマースクールでは、先生のお話を聞くレクチャーだけではなく、さまざまなワークを行います。
その中でも、私にとってとても大切なのが瞑想です。
カバラや生命の木について、言葉や図を使って学ぶことはもちろん大切です。
でも、それだけでは分からないことがあります。
今回あらためて感じたのは、カバラには「知識として理解する学び」と、「自分の内側で体験していく学び」の両方があるということでした。
今回のサマースクールでも、いろいろなレクチャーやワークを行いました。
その中で、特に印象に残っている瞑想が、
・サイキの家瞑想
・創造界につながるために、形成界のダアートを意識する瞑想
・巡礼の道瞑想
です。
どれも、ただ目を閉じてリラックスするための瞑想ではありません。
生命の木や四世界について学んだうえで、その世界を自分の意識の中でたどり、体験していくためのワークです。
今回、特に印象深かったのが、形成界のダアートを意識しながら、創造界へとつながっていく瞑想でした。
ここで少し、形成界と創造界について説明しておきたいと思います。
形成界は、心理世界とも呼ばれます。
創造界にある「天命」や「人生の設計図」が、より具体的な形になっていく世界です。
たとえば家を建てると考えてみると、
創造界にあるのは、「どんな家を建てるのか」という全体の設計図です。
それに対して形成界では、「壁紙は何色にするのか」「コンセントはどこにつけるのか」「それぞれの部屋をどう使うのか」といった、より具体的な仕様が決まっていきます。
そして物質界では、その設計図や仕様書をもとに、実際の家が建っている。
そんなふうに考えると、四世界の違いが少し分かりやすくなるかもしれません。
今回行った「サイキの家瞑想」は、まさにこの形成界、心理世界を体験するための瞑想です。
自分の心理世界を「家」としてとらえ、その家の中を見ていく。
そうすることで、自分の心の状態や、意識の中でどのようなことが形づくられているのかを体験的に見ていきます。
そして、その形成界からさらに創造界へと意識を向けていく時に、大切になるのが「ダアート」です。
生命の木には10のセフィラがありますが、ダアートはその10の中には数えられません。
生命の木の中に位置づけられながらも、通常のセフィラとは異なるため、「非セフィラ」と呼ばれる特別な存在です。
ダアートには「知識」という意味があります。けれど、ここでいう知識は、本を読んで覚える知識だけではありません。私が学んでいるカバラでは、
「神を知る知識」そして、それを実際に経験することとも深く関わっています。
今回の瞑想では、この形成界のダアートを意識しながら、その先にある創造界へと意識を向けていきました。
創造界は、「私が私として存在する意味」や、この世に生きるための大きな設計図がある世界です。
肉体を持って物質界に生きている私たちにとっては、簡単に理解できる世界ではありません。目で見ることも、手で触れることもできない。本を読んで知識として理解しようとしても、とても難しい領域です。
だからこそ、先生の導きのもとで瞑想を行い、形成界のダアートを意識しながら創造界へと近づいていくという体験は、私にとってとても貴重なものでした。今回の私の経験は、過去生からのテーマの一部を垣間見ることができました。
「創造界とはこういう世界です」と説明を聞くだけではなく、自分自身の意識を使って、その世界に触れようとする。それは、知識として覚えることとはまったく違う学びです。
長くカバラを学んできましたが、「ああ、こういうことなのか」と、頭ではなく体験として受け取る瞬間があります。
今回のサマースクールでは、「生命の木を学ぶ」ということの意味を、あらためて深く感じることができました。
知っているだけでは、まだ「生きた教え」ではない
私は2000年頃から、少しずつカバラを学んできました。
生命の木についても、長い時間をかけて多くのことを学んできたつもりです。
セフィラの意味を知っている。
四世界について知っている。
生命の木の構造についても知っている。
けれど今回のサマースクールで、私はひとつ大きなことに気づきました。
それは、
情報として知っていることと、その教えが自分の中で生きていることは違う
ということです。
知識として生命の木について説明することはできます。
でも、それだけではまだ、その教えは「生きた情報」にはなっていない。
人が実際に人生を生き、その中で喜びや悲しみを経験し、迷い、悩み、時には大きな困難にぶつかりながら、それでも前へ進んでいく。
そうした現実の人生と生命の木が重なった時、初めて教えが動き始める。
今回、私はそんなことを感じました。
カバラは「口伝で伝えられてきた」と言われます。
私は以前から、カバラは本を読んで知識を得るだけではなく、先生から直接教えを受けながら学んでいくことが大切なのだと考えていました。
だからこそ、今回もこのサマースクールに参加しました。
そして今回、その「口伝で伝える」ということの意味を、以前よりもう少し深く感じることができました。
教えは、言葉だけで伝わるものではありません。
その教えを学んできた先生が、どのように人生を見ているのか。
どのように人と向き合っているのか。
どんな経験を通して、その言葉を語っているのか。
そこまで含めて、教えは伝わっていくのだと思います。そして、それは先生から生徒へという一方向だけではありませんでした。サマースクールには、世界のさまざまな場所から人が集まっています。
それぞれに、それぞれの人生があります。
この地上に生きる私たちは、それぞれに困難なことも、幸せなことも経験しながら、今日まで生きています。
自分にとっての喜びや幸せ、愛する人との日常を大切にしながら、それぞれの人生を生きている。
そして、人生で起こる困難に対して、自分なりに勇気を持って向き合っている。
その人たちが同じ場所に集まり、自分の経験や考え方をシェアしていきます。
誰かの話を聞いて、
「悩んで、苦しいと思うのは私だけではないんだ。世界中の人が、それぞれの苦悩を抱えながら、それでも生きているんだ」
と気づくことがあります。
また、別の人の経験を聞いているうちに、自分自身の人生について見えてくることもあります。
生命の木について学んでいるはずなのに、いつの間にか、一人ひとりの人生そのものが教材になっている。
私は今回、そこにとても大きな学びを感じました。
生命の木は、紙の上に描かれた図ではありません。
そこに人間の人生が重なった時、生命の木は動き始める。
喜びも、悲しみも、迷いも、決断も、失敗も、希望も。
そうした一つひとつの経験を通して、生命の木について学んできた知識が、少しずつ「生きた教え」へと変わっていくのだと思います。
だからこそ、カバラは長い時間をかけて、人から人へと伝えられてきたのかもしれません。
本を読んで得られる知識も大切です。
でも、人と出会い、その人の人生に触れ、自分自身も人生を生きながら学んでいく。
その中で初めて理解できることがある。
今回のサマースクールで私は、Tree of Lifeー生命の木は、人生の木。命の木。教えは、生きている。ということを、とても強く感じました。
そして、生命の木について「知っている」ことと、生命の木を通して「人生を見る」ことは違う。と実感しました。
学びは、体験して終わりではない
今回、サマースクールに参加して、あらためて感じたことがあります。
それは、学びは「知ること」で終わるものではないということです。
生命の木について学び、瞑想やワークを通して体験し、先生や仲間たちの人生に触れる。
そこで受け取ったものを、今度は自分自身の人生の中で生きていく。
そこまで含めて、学びなのだと思います。
創造界について学んだことも、ダアートを意識した瞑想も、サイキの家で自分の心理世界を見つめたことも、サマースクールの中だけにある特別な体験ではありません。
そこで何を感じたのか。
何に気づいたのか。
そして、その気づきを持って、これから自分はどのように生きていくのか。
学びは、現実の人生へ戻ってからも続いていきます。
今回のイギリスで、私は「知識だけではたどり着けない学び」があることを、あらためて実感しました。
同時に、これまで積み重ねてきた知識があったからこそ、今回受け取ることのできた体験もありました。
知識と体験は、どちらか一方だけではない。
学んだことを体験し、体験したことによって、今まで持っていた知識がまた違った意味を持ち始める。
そうやって教えは、自分の中で少しずつ「生きたもの」になっていくのかもしれません。
そして今回、もう一つとても印象に残った瞑想がありました。
サマースクールの最終日に行った、先生による特別な「巡礼の道」の瞑想です。
この瞑想を体験した時、私は不思議な感覚を覚えました。
日本を離れ、一人で飛行機に乗り、知らない土地を歩き、人と出会い、学び、そして再び自分の日常へ帰っていく。
振り返ってみると、今回のイギリス旅行そのものが、私にとって一つの「巡礼の道」だったように思えたのです。
なぜそう感じたのか。
次回は、カバラの「巡礼の道」の瞑想と、実際にイギリスを旅した体験を重ねながら書いてみたいと思います。