玉置神社・熊野三山リトリート体験記|祈りと浄化、よみがえりの聖地を巡る2日間

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玉置神社・熊野三山リトリート体験記|祈りと浄化、よみがえりの聖地を巡る2日間

2026/10/18

旅は人生を変えるためにある――熊野の聖地で感じた祈りと再生

こんにちは。

大阪・箕面占いスクール ラブアンドライトの吉田ルナです。

2026年10月11日(日)〜12日(月・祝)の1泊2日で、奈良県の玉置神社と和歌山県の熊野三山を巡るリトリートを開催しました。

 

今回のテーマは「天と地を結ぶ、熊野と玉置神社を巡る旅」。

連休ということもあり、各地の神社には大勢の参拝者が訪れていました。両日とも素晴らしい晴天に恵まれ、10月とは思えないほどの暑さでしたが、青空の下で見る熊野の山々や神社の風景は、本当に美しいものでした。

 

私は、旅には人生を豊かにする力があると思っています。

日常を離れ、初めての景色に出会い、その土地の歴史や自然に触れる。美味しいものをいただき、温泉に浸かり、心地よい風を感じる。

そうした体験を通して、私たちは普段の生活では気づかなかった自分の気持ちや、今ある幸せを見つめ直すことができます。

 

今回のリトリートでも、神社で祈りを捧げ、雄大な滝の水しぶきを浴び、夜には星空を眺めるなど、自然の豊かさを全身で感じる時間がありました。

そして、私自身にとっても、この旅は特別な意味を持つものになりました。

リトリートの最後に訪れた熊野本宮大社の旧社地・大斎原。

「よみがえりの聖地」と呼ばれるその場所で、私はこれまでの自分を許し、新しい自分として生きていくことを心に誓いました。

 

長年、占い師として多くの方の人生に向き合ってきましたが、人生を見つめ直し、新しい一歩を踏み出すことの大切さは、私自身にとっても変わりません。

今回は、参加者の皆さんとともに巡った玉置神社と熊野三山の旅を、心に残った出来事や、リトリートに込めた思いとともにご紹介したいと思います。

青空と山々に迎えられて

熊野への旅が始まる――谷瀬の吊り橋から玉置神社へ

10月11日、いよいよ玉置神社と熊野三山を巡るリトリートの始まりです。

この日は朝から気持ちのよい秋晴れ。10月とは思えないほど日差しが強く、少し汗ばむ陽気です。

 

奈良県の十津川村へと向かう道中、車窓には緑豊かな山々が広がります。

都会の風景から離れ、山深い場所へと進むにつれて、少しずつ日常から旅の時間へと気持ちが切り替わっていきます。

 

最初に訪れたのは、十津川村にある「谷瀬の吊り橋」。

深い谷に架かる大きな吊り橋は、十津川村を代表する名所です。橋の上から見渡す山々と谷の風景は雄大で、自然のスケールの大きさを感じさせてくれます。

こうした景色に出会うことも、旅の楽しみの一つですね。

 

美味しい食事と、旅先で過ごすひととき

谷瀬の吊り橋周辺では、ランチの時間を設けました。

今回は、カフェランチとお蕎麦のお店を用意して、参加者の皆さんに好きな方を選んでいただくことに。

私は旅先で美味しいものを食べることが大好きです。

その土地の食事を味わうことは、単にお腹を満たすだけではなく、旅の楽しさをさらに豊かにしてくれるものだと思っています。

ちょうど三連休の初日ということもあり、周辺のお店は観光客でにぎわっています。

今回は事前にお店を訪ね、味や雰囲気を確かめて予約をしていたので、長い待ち時間を避けて食事を楽しむことができました。

 

食事を終えたら、いよいよ今回の旅の大きな目的地、玉置神社へと向かいます。

標高の高い山中に鎮座する玉置神社は、古くから信仰を集めてきた神社です。

山深い場所にあるその神社には、どのような歴史があり、人々はどんな思いを抱いて祈りを捧げてきたのでしょうか。

そんなことを思いながら、さらに山の奥へと進んでいきます。

長い歴史の中で受け継がれてきた祈り

玉置神社――深い森の奥で、祈りの原点に触れる

十津川村の山深い場所に鎮座する玉置神社。熊野三山の奥の院とも呼ばれ、古くから修験道の霊場として人々の信仰を集めてきた神社です。

 

標高1,000メートルほどの場所にある境内には、樹齢3,000年とも伝えられる神代杉をはじめ、巨木が立ち並びます。

今回は三連休ということもあり、玉置神社へ向かう道も大変な混雑でした。駐車場に入るまでには、なんと1時間弱。今回運転を夫に任せていたので、車を任せ、私たちは先に神社へと向かいます。

 

参拝ルートは、それぞれの体力に合わせて無理のない道を選びました。全員が本殿で合流できたのは午後3時40分頃。御朱印やお守りを授かる時間にも間に合い、ひと安心です。

当初予定していた玉置山の山頂までは行けませんでしたが、限られた時間の中でも、玉置神社の神聖な空気に触れることができました。

 

本殿へと続く石段、鳥居、そして風格ある社殿。

その姿を前にすると、長い年月を超えて受け継がれてきた人々の祈りが感じられます。

今のように車や整備された道路がなかった時代、人々は険しい山道を自分の足で歩き、この場所を目指してきました。

何を願い、どんな思いを抱いて、ここまで登ってきたのでしょうか。

時代が変わっても、人が祈りに託す思いには、変わらないものがあるのかもしれません。

 

玉石社――険しい山道の先にある、特別な祈りの場所

本殿での参拝では、参加者の皆さんとともに大祓詞を唱え、それぞれの願いを込めて、水晶を手に祈りを捧げました。

その後、私は健脚の参加者の方と一緒に、さらに山道を登り、玉石社へと向かいました。

玉石社は、玉置神社の信仰の原点とも伝えられる場所です。

社殿を持たず、玉石そのものをご神体として祀る、古い信仰の形が残されています。

神武天皇が東征の際、十種神宝を鎮め、武運を祈願したという伝承も残る場所です。

ここへ向かう道は急な山道です。

一歩ずつ足元を確かめながら登っていくと、不思議なことに、日常のさまざまな思いや雑念が少しずつ遠ざかっていくように感じられました。

人は、どうしてこれほど険しい道を登ってまで、祈りを捧げようとするのでしょう。

きっと、それほどまでに叶えたい願いや、切実な思いがあるのでしょうね。

けれども、山道を登り続けるうちに、欲望や執着のようなものが薄れ、本当に大切な願いだけが心に残っていくようにも感じます。

 

玉石社の前に立ったとき、私はここが本当に特別な場所なのだと感じました。

再び大祓詞を唱え、参加者の皆さんが願いを実現するための力を授けていただけるよう、心を込めて祈ります。

そして、玉石社で祈りを捧げた水晶を持ち帰り、参加者の皆さんにお渡ししました。

願いを叶えるためには、祈るだけでなく、自分自身が行動することも大切です。

だからこそ、この水晶が、それぞれの方にとって、ご自身の願いを思い出し、一歩を踏み出すための心の支えになればと願っています。

 

祈ることは、自分にとって本当に大切なものを見つめ直すこと。玉置神社での時間は、そんな祈りの本質に触れる体験となりました。

大地と水と火と風、四元素に癒やされる時間

温泉と星空に包まれて――自然の恵みを全身で感じる夜

玉置神社での参拝を終え、一日目の宿泊先へ。

今回選んだのは、温泉と食事を楽しめる海辺のホテルです。

夕食には地元の食材を使った料理をいただき、旅の疲れを癒やすひとときを過ごします。

その土地で育まれた食べ物をいただくことは、その土地の自然の恵みを、自分の身体に取り込むことでもあります。

 

美味しい食事を楽しんだ後は、温泉へ。

夜の露天風呂で、一人静かに湯に浸かっていると、暗闇の向こうから潮騒が聞こえてきます。

温かいお湯に身体をゆだね、頬をなでる心地よい風を感じながら、ただぼんやりと過ごす時間。

一日目の予定もほぼ終わり、大きなトラブルなく旅を進められたことに、ほっとする気持ちもありました。

そして、ふと、私たちはこうして自然の力を受け取りながら生きているのだと思いました。

 

西洋占星術やカバラでは、世界を構成する基本的な要素として「火・地・風・水」の四元素を大切にしています。

温泉が湧き出す大地の力。身体を包む水のぬくもり。その温かさを生み出す熱、火のエネルギー。そして、露天風呂を吹き抜ける風。

四つの元素が、今ここにある。

それは難しい知識として理解するものではなく、身体を通して自然に感じられるものでした。

私たちの命は、大地に育まれ、水に潤され、太陽の光や熱に支えられ、空気を吸うことで保たれています。

普段は当たり前のように受け取っている自然の恵みが、どれほど豊かなものなのか。

温泉に浸かりながら、そんなことを考えていました。

 

そして、この土地を訪れ、参加者の皆さんと一緒に祈りの時間を過ごせたことが、しみじみと幸せに感じられたのです。

何か特別なことをしていなくても、ただ自然に包まれ、今この瞬間を味わう。

そんな時間こそ、私たちの心を豊かにしてくれるのかもしれません。

 

新月の夜、熊野の空に広がる宇宙

今回のリトリート初日、10月11日は新月の日でした。

新月の夜は月明かりの影響が少なく、星空を観察するのにも適しています。そこで、夜には夫が持参したスマート望遠鏡を使って、天体の撮影を楽しみました。

 

参加者の方も何人か見に来られ、一緒に夜空へと目を向ける時間に。撮影したのは、オリオン座にある「オリオン大星雲」です。オリオン大星雲は、星々が生まれている領域として知られています。

肉眼ではなかなか見ることのできない星雲の姿も、スマート望遠鏡を通すと、驚くほど美しく浮かび上がります。

 

夫が撮影した写真をグループLINEで共有すると、こんな写真が撮れるのかと、参加者の皆さんも驚かれていました。

 

私は長年、西洋占星術を学び、教えてきましたが、実際の宇宙を見上げることは、また違った感動を与えてくれます。

 

昼間は大地に根ざした神社を訪れ、夜には遥か彼方の宇宙を見つめる。私たちは地球という星に生き、その地球もまた、広大な宇宙の一部なのですね。

 

神社で祈り、土地の食べ物をいただき、温泉で自然の恵みを受け取り、夜空に輝く星々を眺める。

天と地の間に生きる私たちが、自然や宇宙とのつながりを感じる。そんな豊かな一日となりました。

飛瀧神社

那智の滝

那智の滝にかかった虹――神との約束を思い出して

飛瀧神社でのお詣りを終え、熊野那智大社と青岸渡寺へ。

青岸渡寺の三重塔の近くから那智の滝を眺めると、なんと滝に美しい虹がかかっていました。

太陽の光を受けて輝く滝と、そこに現れた虹。

思わず写真を撮りながら、私はとても幸せな気持ちになりました。

旧約聖書の『創世記』には、ノアの大洪水の後、神が人間や地上の生き物たちと契約を結び、そのしるしとして虹を示したという物語があります。

虹は、神と人間との約束を象徴するものなのです。

カバラを学んできた私にとっても、虹は神聖な意味を持つ象徴の一つです。

今回のリトリートに向けて、約1か月前から毎日、大祓詞を唱え続けてきました。そして、旅の中でも、参加者の皆さんと祈りを重ねています。

そんな旅の途中で出会った、那智の滝にかかる虹。

自然が生み出す美しい現象だと分かっていても、私には、これまでの願いや祈りが天に届いたように感じられました。

天から降り注ぐ光と、大地を流れる水が出会って生まれる虹。

その美しさを目の前にして、天と地のつながりを改めて感じる、忘れられない瞬間となりました。

熊野本宮大社

大斎原

二十歳の頃から、私の心に残り続ける場所

熊野本宮大社――時を超えて心に響く、よみがえりの聖地

玉置神社から始まった一泊二日のリトリートも、いよいよ最後の目的地へ。

熊野三山の一つ、熊野本宮大社です。

熊野三山は、過去・現在・未来という時間の流れと結びつけて語られることがあります。今回のリトリートでも、熊野速玉大社を過去、熊野那智大社を現在、そして熊野本宮大社を未来というテーマに重ねて巡りました。

 

私にとって、熊野本宮大社は特別な思い入れのある神社です。初めて訪れたのは、二十歳の頃。そのとき、この神社に満ちる神聖な気に、深く感動したことを今でも覚えています。

それから何度か参拝する機会がありましたが、訪れるたびに、この場所には特別な何かがあると感じてきました。

そして今回、長い年月を経て、参加者の皆さんとともに、再び熊野本宮大社を訪れています。

あの頃の私は、どんな未来を思い描いていたのでしょう。

二十歳の頃には想像もできなかった、さまざまな経験を重ねてきました。喜びもあれば、悲しみや苦しみもあり、その一つひとつが今の私につながっています。

人生には、過ぎ去った時間を振り返ることで、これから進む道が見えてくる瞬間があります。

未来を象徴する本宮を訪れながら、私はこれまでの自分の人生にも思いを巡らせていました。

 

大斎原――今も息づく祈りの場所

現在の熊野本宮大社の本殿には、多くの参拝者が訪れていました。

本殿でのお詣りを終え、私たちは旧社地である大斎原(おおゆのはら)へと向かいます。

大斎原は、かつて熊野本宮大社が鎮座していた場所です。

 

明治22年(1889年)の大洪水によって多くの社殿が失われ、水害を免れた社殿は現在の場所へ移されました。

かつての広大な境内には、今も神々が祀られ、長い年月にわたって受け継がれてきた信仰が息づいています。

 

大斎原へと続く道を歩いていると、心地よい風が吹いてきました。

二日目も暑い一日でしたが、その風は本当に気持ちよく、まるで自然に迎えられているような感覚になります。

大きな鳥居をくぐり、かつて本殿があった場所へ。

そこに立つと、言葉では説明しきれない神々しさを感じました。

 

華やかな建物があるわけではありません。それでも、この土地そのものが特別な場所であることを、心が感じ取っているようでした。

かつて人々は、険しい熊野古道を歩き、川を渡り、この聖地を目指してきました。

長い道のりを経て、ようやくたどり着いた場所で、どれほど深い祈りを捧げたのでしょう。

 

時代が移り変わっても、そこには人々が祈りを重ねてきた歴史があります。

私が大斎原に強く心を惹かれるのは、そうした長い時間の積み重ねを感じるからなのかもしれません。

 

自分を許し、新しい人生へ――大斎原で誓ったこと

今回のリトリートを開催する約1か月前から、私は毎日、大祓詞(おおはらえのことば)を唱えてきました。

 

大祓詞は、罪や穢れを祓い清めることを願う祝詞です。旅の間も、玉置神社や飛瀧神社などで大祓詞を唱え、祈りを重ねてきました。

そして、最後にたどり着いた熊野本宮大社の旧社地、大斎原。

ここは「よみがえりの聖地」とも呼ばれる熊野の、象徴的な場所の一つです。

 

私はこの場所で、自分自身を許し、これまで心に抱えてきたものを手放そうと思いました。

生きていると、誰かに傷つけられたり、思うようにいかなかったり、自分の選択を後悔することがあります。

怒り、悲しみ、恨み、罪悪感、苦しみ。

そして、何よりも、自分自身を許せないという思い。

そうした感情を抱えたまま、私たちは人生を歩み続けることがあります。

けれども、もう十分なのかもしれません。

過去の出来事をなかったことにはできませんし、傷ついた記憶がすべて消えるわけでもありません。

それでも、過去の自分を責め続けることをやめ、これまでの自分を受け入れることはできるのではないでしょうか。

私は、自分を許そう。そして、恨んできた人のことも許し、心の中に抱えてきた怒りや悲しみを手放していこう。過去に縛られて生きるのではなく、これからの人生を、自分の意志で選んでいこう。

 

大斎原の神聖な空気の中で、そんな思いが心に湧き上がってきました。古い自分を終わらせ、新しい自分として生きていく。それが、この場所で私が立てた誓いです。

熊野は、古くからよみがえりの地として信仰されてきました。

よみがえるということは、過去の自分をすべて否定して、別の人間になることではないと思います。

 

これまでの人生を受け入れ、経験してきたことも、自分の一部として抱きしめながら、それでも新しい未来を選んでいくこと。

人は何歳になっても、自分を見つめ直し、生き方を変えていくことができます。

私は長年、占いを通して多くの方の人生に向き合ってきました。その中で大切にしているのは、占いによって未来を決めつけることではなく、その人が自分らしい人生を選び、自分の力で歩んでいけるようにお手伝いすることです。

 

そして今回、私自身もまた、この聖地で自分の人生と向き合う時間をいただきました。

二十歳の頃、初めて訪れた熊野本宮大社。

あれから長い年月を経て、今度は新しい未来へ向かう決意を胸に、この場所に立っています。

旅は人生を変えるためにある。

以前、リトリートのご案内に書いたこの言葉が、今、私自身の体験として深く心に響いています。

 

過去を受け入れ、自分を許し、未来へ向かって新しい一歩を踏み出す。熊野本宮大社と大斎原は、私にとって、まさに「よみがえりの聖地」となりました。